手を打ち足踏み踊り出せ

ジャニごとについて思うことを書くブログ

岩橋くんが苦手だった私が岩橋くんを認めるまでの話

こんにちは。神宮寺担です。神宮寺担から見た、岩橋くんの話を悩んでたんですが、書こうと思います。なので、岩橋担の方には耳が痛くなったり辛い話がいくつも出てきます。

また、Jr.大賞の結果を書いてますので、まだ結果を知らない方は注意!

 

 

 

 

 

私は、岩橋玄樹が嫌いでした。

神宮寺担はじぐいわが好きな方が多いと思いますが、私はじぐいわを含めて大嫌いでした。

ここに残すのは、セクファミ事変からの私が見て思ったことです。

私が神宮寺勇太を好きになったのは、ジャニーズJr.ランドという番組からです。*1

その頃は今のようなグループもなく、だいたい神宮寺くんは、岸優太くんや羽生田くん、嶺亜くん等とつるんでいたように思います。

あと、ジャパハイ時代から仲良かった勝利くんがいました。まぁ、その頃にはセクゾでしたけど。

勝利くんと神宮寺の話については、こちらで詳しく書いています。

http://buki-j.hatenablog.com/entry/2016/10/31/100653

 

さて、ジュニランからセクゾが卒業したあおに、幽かな彼女というドラマがありました。そこに、神宮寺くんと岩橋くんが出演していました*2

 

最初は何も思いませんでした。抜擢されたなーくらい。

 

神宮寺くんも同じくくりだからアクセをつけようと言ったりしてたのを、微笑ましく見ていただけだと思います。

 

ただ、次第にあれ?となってきました。何かが、ひっかかりました。

 

そして、とある雑誌を見て、愕然としました。

くわしくは書きませんが、雑誌の担当編集者が割と面白おかしく、針小棒大に彼の発言を脚色してたなーと感じています。

少なくとも、彼のイメージダウンになりかねない。そう思うような書き方でした。

 

その当時、ファンは「いわちは姫だから」と言われてました。

でも、姫だろうがなんだろうが、私は正直、眉を潜めていました。雑誌に影響されていた部分もありますが、私には岩橋くんの主体性が見えませんでした。誰かに依存しすぎ…特に、自担である神宮寺に…と感じていました。当時は。

 

岩橋嫌いです、と言うと大抵は「岩橋に嫉妬してるんでしょ」と言われました。

当時の私を振り返ると、確かにそうかもしれません。神宮寺担なので。でも、嫉妬なんかではなく、一番の理由は、自担のシンメには、こんな人がいいという理想が高かったからだと思います。

 

ともかく長いこと、セクゾデビュー前後から応援していて、自担にはお互いを支え合えるような人がシンメにいてくれたら、と願っていました。

 

でも、どうにも、当時の岩橋くんには、ん?となることが多かったんです。

 

そして、とどめになったのが、とある雑誌で彼が言った言葉です。

 

「神宮寺がいなくなったら辞める」

 

 

この一言でした。

私は、デビューせずに辞めた担当がいます。いまは、俳優として活躍していますが、Jr.としては周りがデビューするタイミングで、その活動をやめてしまいました。

 

だからこそ、腹が立った。

 

 

何でそんな簡単に辞めると言っちゃうの?

自担に、神宮寺に、あんたの人生なんて、そんな重荷を背負わせるの?

泣きました。悔しくて。

 

 

何でこんな情けないこと言うのか。なんで、そんなに自担に依存する人が自担のシンメなのか。

そんなに言うならその位置を他の子に渡してほしい。

勝手に、そんなことすら思ってしまいそうになっていました。

 

今思うに、その発言は、彼慣れの彼の不安の表れだったのかもしれません。

 

彼はどちらかというと「Jr.の真実」*3まではあまり注目されることの少ないJr.で、ジュニランでも初期のメンバーにはいません。

 

いきなり、しかもあのセクバの中では推されていた(と私は思います)、神宮寺のシンメというのはかなりのプレッシャーでいつ外されるかもわからず、拠り所が欲しかったのかな?と思います。

 

その頃から、彼を見る時、苦々しく思う自分がいました。

何をやるのも気に入らなかった。

でも、それでも、私は彼が気になっていた。

今、思うに、私は本当は彼に変わって欲しかったのだ、と思います。自担が大事にしている、自担のシンメとして安心したかったんです。きっと。

ただ、変わって欲しかった。

 

 

そして、月日は流れ、キンプリになって、彼に変化が起こったと感じました。

目の色が変わり出した、と思ったんです。

何がキッカケか何が原因かはわからない。ただ、明らかに何かが変わり始めた。

ダンスが変わり出し、弱音を吐かなくなってきた。依存が減った。わがままと思う発言も。

 

そして、SMAP解散報道の次の日。

彼はこう言いました。

 

「僕には感謝を伝えたい先輩がいます。それはこの場では言えません。でもその先輩のように笑顔を届けていきたいです」*4

 

私は泣きました。幽かな彼女も、その後も、彼の中に何かしら根付いているものはあったんだ、と感じました。

今まで彼のために流したのは悔し涙でした。でも、この涙は、彼が成長した喜びの涙だったのかもしれません。それが、私は嬉しかった。

 

岩橋くんに関して、今はどう思うかと言われたら、上から目線で恐縮ですが、彼は神宮寺くんのシンメとして認めています。

私から見た神宮寺くんの関係性って、勝利くんはライバルで、岸くんは親友だとしたら、岩橋くんは「戦友」だと私は思います。

 

あのセクファミというもある意味地獄の日々を、不器用な二人なりに、Jr.という立場の中で、自分たちの方法で駆け抜けたんだと思います。

私が全く向き合おうとしなかった二人を今一度考えると、あの時、神宮寺くんの近くにいたのは岩橋くんでした。

 

神宮寺くんは正直、あの時、私から見るとちょっとボロボロだったように思えます。

そんな彼を不器用ながらも一番近くで支えたのは岩橋くんだと思います。

紆余曲折しましたが、私は今の岩橋くんは最強にカッコいいと思っています。

彼に対する感情は言葉にするのは難しいのですが、好きでも嫌いでもない、かといって無関心でもない、情、というものなんでしょうか。

彼に対する想いを言葉に表すのは難しいのですが、彼が何かしても、まったくしょうがないなーがんばれ!という風に思ったりしています。

もし、いつか、神宮寺くんがデビューする日があるのなら、その時隣にいるのは、岸くんと、岩橋くんであって欲しい。

そんな想いを寄せながら、この話を終わります。

最後に。

岩橋くん、Jr.大賞四連覇おめでとうございます!!!!これからも主に自担がよろしくお願いします。

*1:2011年10月〜2013年3月

*2:森本慎太郎くんもいました

*3:2012年夏放送のドキュメンタリー

*4:サマステ8/14夜公演にて

時を越える5stars達に想いを寄せて


2012年2月1日。

あの日、私は必死にイベントのレポを漁っていた。

ついに、デビューした。

私にとって彼らが初めてJr.の内から応援していてデビューしたグループ。

ここまでの道のりはこちらに書いてあるのでこちらを見てください。

A.B.C-Zデビュー決定日に寄せて - 手を打ち足踏み踊り出せ


DVDはポニキャに通販してたので、フラゲできるわけでもなく、届くのを待ちわびていた。
届いた時、必死に見た。Jr.とA.B.C-Zの姿!

その時にはもう神宮寺も好きになっていたので、「あー!空振って変なとこぶん殴ったー!河合くんごめーん!*1」となったり楽しかった。

そして、えび座凱旋広島公演。

あの時の公演の熱さも、はしこの楽しそうな顔も、ごっちの瞳の美しさも、ふみきゅんの笑顔も、塚ちゃんのなぜか知ってたアルパークも、スピーカーに向かって歌うとっつーも、ついでに、バックに急遽ついた文ちゃん(SHOCK初日おめでとうございます!)他ベテ勢も忘れない。

それから、楽しいこともあったり、憤ったりしたこともありますが、私はやっぱり、この人達が好きで。


自担は、後から実力者ばかりのA.B.C.に入って。
不安だらけなあの子を、お兄達はさまざまな葛藤を抱えながら、ずっと辛抱強く育ててくれたんだと思います。
私があの子を好きになる前から、ずっと。

本当にお兄達には心から感謝していますし、頭が上がりません。

ありがとう。
本当にありがとう。

そして、橋本くん。

おバカで、
浮き沈み激しくて、
気分屋で、
頑固で、
素直な、
優しい子。

不器用過ぎる子だと思います。

でも、そのすべてが私は愛しくてたまらない。

A.B.C-Z
どこにだって追いかけて行きます。
昔、THE ALFEEさんが先輩の番組*2でこんな感じのことを言いました(正確ではありませんニュアンスです)。

「苦しいことはメンバーで分け合って3分の1、楽しいことはメンバーが集まったら3倍」


辛いことは5人で分け合って、5分の1、楽しいことは5人で集まって5倍になる。

 


そんなグループがこの先何年も何十年も続きますように。

五関晃一様。
戸塚祥太さん。
塚田僚一さん。
河合郁人さん。
橋本良亮くん。

いつも愛してくれてありがとう。
これからも、この先も、

ずっと。

 

A.B.C-Z デビュー五周年おめでとうございます!

*1:真相はZa ABC~5stars~のPVで!

*2:新堂本兄弟にて

Ya-Ya-yahに寄せて

かつて、私はこんなブログを亡霊の戯言として載せたことがある。

ある亡霊の戯言とJUMP9周年に宛てて - 手を打ち足踏み踊り出せ

私とYa-Ya-yahについては軽くここに書いてある。
2007年のYa-Ya-yahに何があったかは「横アリ Ya-Ya-yah」で調べたら何となくわかるだろう。


さて、2007年9月24日。
あの日、私はテレビの前にいて、太陽がいないことに

「太陽は!?」

と叫んでいた。
それから数ヶ月後、太陽は辞めていた。いないの何でだろう、と思って調べたら辞めていた。

それから、私はJUMPを密かに呪っていた。
呪い続けた後、橋本を好きになって、雪解けが始まった。


それから、太陽が戻ってきた。
そこで太陽の口から語られたことは、多くはないが、出演したラジオで、安室奈美恵の「Baby don't cry」を流して、太陽は、

「自分が前の事務所から今の事務所に変わるターニングポイントの時に、いろいろあったのでよくこれを聞いていた」

と話している。

ちなみに、この曲の歌詞はこうだ。

Baby Don't Cry 安室奈美恵 歌詞ナビ

この曲の発売日は2007年1月24日。

ちなみに、この曲はフジテレビ系列のドラマ「秘密の花園」の主題歌でもあり、春先頃まで流れていた。
私はその話を聞いた時、もしかして、と思った。


太陽は、春頃には、やめるつもりだったのではないか、と。


私は泣き崩れた。
ああ、もう苦しまなくていいのだ、と思った。


そして、月日は流れ。

2017年1月19日。帝国劇場。

ジャニーズオールスターズアイランド昼の部にて。

薮宏太、八乙女光Ya-Ya-yahとして、ゲスト出演。


ちなみに、私はその4日前の15日に観に行ってたりして、見たかったぁ!となったりしたのだが、そこは置いといて。

しかも、その日二人が着ていたのはJUMPのChikTaku衣装だった、と聞いた時には私は泣き崩れた。

この曲の歌詞は、前々から密かに歌詞がYa-Ya-yahとシンクロするな、と思いながら聞いていた曲だった。

歌詞はこちらになる。

ChikuTaku - Hey! Say! JUMP - 歌詞 : 歌ネット

「変わらないモノはないから ボクたちは歩き続ける」

「いつまでも忘れることはないさ 愛はもう ChikTaku 戻れず」

今あげたパートは、曲の出だしの部分だが、最初のパートは光で、次が薮のパート割になっている。

そして、最後に、

「そうさ ChikTaku 進むだけ」

と薮光でこの曲は締め括られる。

私はこの曲の歌詞にYa-Ya-yahをシンクロさせて泣いた。

もちろん、本来の曲はそんな曲の意味はまったくないだろうし、そもそもHey!Say!JUMPの曲だ。
もしこれに気分を害した人がいたら申し訳ない。
ただ一人の亡霊の妄言として、受け流していただけたら幸いである。

余談だが、この曲の収録されているCD発売後、Hey!Say!JUMPのカウントダウンにて、JUMPの現在の自担である伊野尾がこの曲の伴奏を弾いたと聞いて、新年早々涙を流すことになる。

話はよく逸れて申し訳ない。
JUMPデビュー10周年。Ya-Ya-yahにとっては解体して10年目だ。
ある意味節目の年。しかも、Ya-Ya-yahの自担の誕生日の次の日。

私が思うに、彼らはそろそろケリをつけたかったんだと思う。
Myojo2014年1月号の10000字インタビューで薮はHey!Say!JUMPとしてデビューすることを先に打診されたと話している。

彼は、悩んだ末にそれを引き受けた。
彼は、この10000字の記事でこうも話している。

「誰かがデビューするってことは、その何十倍の人間が落ち込んでるんですよね。(中略)選ばれたんだったら、その人たちの悔しさも背負わなきゃダメだって、Hey!Say!JUMPっていうグループになったんだったら、二人には申し訳ないし、僕自身も辛かった。それでも、やるからには、みんなの分までやんなきゃって思いましたね。」

ちなみに、光は話さなかった。
薮が語ったから自分が語る必要はないと判断したからなのだろうか、それはわからない。

そして、薮(光もだが)は、背負い続けた。
何と言おうとも、デビューを受けて、二人を置いていく。
裏切りと捉えられても仕方ない。
特に置いていく二人のファンからは特に責められるだろう。

それでも、
重すぎるその十字架を彼らは背負う覚悟を決めた。

私はかっこいいと思う。
多くの人から後ろ指をさされるのだ、それを引き受けた薮と光はやはりかっこいい。

でも、そろそろ下ろしてもいいんじゃないのか、と思う。

あの日、私は、
「いいんだよ、もういいんだよ」

と呟いた。
他の人は知らないが、私は、もういい。
太陽は、今別の場所で、自分の足で歩いている。
翔央もいろいろあったが、今も元気でやってるようだ。
だから、もう自分の今ある場所をと思うのだが、優しすぎる彼らはそれができないと思う。

長々と話したが、私は薮光に願うことは、幸せになって欲しいということです。
太陽と翔央も。

そして、私が好きになるより前に去っていった、赤間や星野も。

みんな幸せになって欲しい。

そんな願いを込めながら、このとりとめのない長ったらしい話を終えます。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

Ya-Ya-yah FORVER!!

そして、

Happy Birthday KOTA YABU!!

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A.B.C-Zデビュー決定日に寄せて


12/9。

この日、実習を終えた私の携帯には友人からいくつかメール等が来ていた。

 

「デビューおめでとう」

 

Twitterを開くと、そこには。

 

A.B.C-Z DVD デビュー

 

の文字があった。
震える声でかつて、ジャニ好きだった同じく実習生の子に「A.B.C-Zがデビューする」と伝えた。
彼女は喜んでくれ、そして、駅までたどり着いて、彼女と別れた後、私は泣いた。

次の日、私はコンビニを歩き回り新聞を買い漁った。

私はJr.の時から応援していた担当がデビューしたという経験がない。
それまでに応援していたのは、元Ya-Ya-yah鮎川太陽だが、彼はもう退所している。
そんな私が久しぶりにハマったJr.が橋本良亮だった。

A.B.C-xyZとかいう構想を発表された時もガックリしたものだ*1

なぜだ。A.B.C.に橋本が入って5人になっただけではまだデビューには足りないのか。
そんな想いがあった。

恥ずかしながら、私はA.B.C-Zのファンになったのは、エビキスの少年たちDVDに収録された「Vanilla」からであり、Jr.時代の彼らにかなり詳しいわけではない。

私が知るのは、A.B.C-ZはA.B.C.時代からSHOCKに出たりKinKiコンに参加してくれたりして、何かとお世話になっていた。
そして、橋本がA.B.C.に加入して、A.B.C-Zになった後の少クラで、この子、J.J.Expressの子だよね?大丈夫かな?と心配していた。
そのくらいの感覚の彼らだったが、「Vanilla」を見て高揚し、ホレた。

でも、やはり、実際に、彼らのそばにいて入って接して見てきたファンには敵わないと私は思う。

それでも、私は悔しかった。
だからこそ、5人で、デビューで。
本当に嬉しかった。
そして、私に自担がデビューするという喜びを教えてくれた。

あの日のことは、きっと忘れない。

A.B.C-Zありがとう。


本当は9日にあげようとしましたが、何やかんやで10日になりました。なので、


塚ちゃん、誕生日おめでとう!!!!!

*1:余談だが、ふまけんが掛け持ちする噂もあった。しかもセクゾのロゴがxyが赤いのでえび担は怯えたものだった

セクゾデビュー5周年に寄せて


近くて遠い場所。

神宮寺担から見た彼らです。

帰る場所。

マリウス担から見た彼らです。


11月15日、彼らはデビューしました。
あの日、デビューの時の握手会(特に週末)には私は行けなかったけれど、友人から聞く握手会の様相はまだ若い子達には過酷なものでした。

あの辺りで、マリウスにハマっていたのだろうと、思います。

ただ、私が明確にこの子が担当だと思ったのはリアセクの時でした。
それまでは、好きだと言いながら、いや、でも担当ではないよな?と内心思いながら、やってました。
少しずつ始まっていた不穏な格差の足音が、リアセクから顕著に現れだし、私は憤りました。

そして、私は、気付きました。
ああ、私はマリウス担だと。

神宮寺担として見たセクゾ。
JJLからあの子にハマりました。
ツンとお澄ましして、かわいい顔で、高い声で、淡々と話す。
そのくせ、カエルはちゃっちゃと捕まえる。
その姿にときめきました。


セクゾがなければ、神宮寺に会えなかった。

セクゾがなければ、マリウスに会えなかった。


だから、


セクファミの時も3人が声を上げていなかったら、2人が踏ん張らなかったら。


戻らなかった。


どうぞこれから5年後の10周年。


Sexy Zoneが5人で笑っていますように。

一日遅れましたが、デビュー5周年おめでとう。


君達の未来に幸あれ。

ある亡霊の戯言とJUMP9周年に宛てて

亡霊という言葉がある。

ジャニヲタ界隈でよく言われるのはもう解体したグループなどを好きなファンに言われる言葉だと私は認識している。

 

Jr.はともかくグループの解体やメンバーの変更脱退などがともかく多い。

デビューするための組み合わせを見るための実験といえるが、長くやっているとそのグループやくくりに愛着を持つ人もいる。

 

私も愛着を持ったグループがある。

私は過去に存在していたYa-Ya-yahの亡霊である。

私は四人になってからのファンだった。だが、2007年に崩壊した。

Hey!Say!JUMPデビューで、Ya-Ya-yahは解体し、私の担当はすぐ事務所を辞めた。

 

それから、だいたい4年くらい。私はHey!Say!JUMPの薮と光をほとんど見ることができなかった。

Ya-Ya-yahの薮と光が好きだったから、それ以外の場所で笑う彼らを見たくなかった。

 

それが、今、私はJUMPの中の伊野尾担を名乗っているのは、自担と同じくJUMPでのデビューを逃したといえるA.B.C-Z橋本がデビューしたことにより、折り合いがつけれたことが大きい。 橋本がデビューしなければ、JUMPにいくことはなかっただろう。

 

さらに、自担が芸能界に復帰して来たことで、雪解けが始まったと思う。

そして、金八先生ファイナル。

そこに自担は出演した。その隣には、薮と光がいた。

事務所を離れたら余程のことがない限り、事務所のタレントと接触など不可能だ*1

それなのに、テレビで堂々と、彼らは並んでいた。

私は泣いていた。

正直、もう一人足りないのだが、彼はそもそも金八先生に出演していなかったので、仕方ない。

事務所のことを思うと、これ以上は求められなかった。

 

そう、これでいい、これで十分。

 

その後、理想の息子の主題歌SUPER DELICATEを購入したことで、JUMP担へまっしぐらになるがそこで久しぶりに見た薮と光は本当に楽しそうで*2、悔しくもあり、嬉しかった。

 

まもなく、Hey!Say!JUMPはデビューして10年を迎える。それは、Ya-Ya-yahが解体して10年ということでもある。

今、私は何を思うのかというと、Ya-Ya-yahが大好きだが、それと同じくらいHey!Say!JUMPも大好きなのだ。

 

この話はHey!Say!JUMPに限ったことではない。Sexy Zone結成時のB.I.Shadowなど、NEWS結成時のK.K.KityやFour Topsなど、ましてやJr.はよく解体しては結成を繰り返すため、その解体グループが好きだったから、悲しむ人たちをよく見かける。

 

悲しむ人達の中には新しく結成したグループを攻撃するものもいて、よく新しいグループのファンと喧嘩になっているのを見かける。

 

私は思う。

過去は変えることもなかったことにすることもできない。

そして、人の心は、受け入れろと言われて簡単に受け入れることもできないと思う。

私も、あの時、もっと強く応援していれば、と思ったことは何度もある。

 

でも、だからと言って、今を否定することはできない。今を否定したら、彼らの成長もすべて否定することになるからだと私は考える。

ただ、現存グループも、推されてようが何しようがある日急に崩壊するのが、この事務所なのだ。今あるグループを愛しているならは、声を大きく上げよう。もしかしたら、何かが変わるかもしれないから。

 

話は逸れた。

私はデビューからの約4年間のHey!Say!JUMPを知らないが、彼らの10000字インタビューを見ると、私が苦しんだように、彼らも苦しんでいたことを知った。

 

いろいろあった。

メンバーの不祥事からの脱退もあった。

彼らの実力もまだまだかもしれない。

 

でも、私は。

 

Hey!Say!JUMPの可能性を信じてる。

 

Hey!Say!JUMP9周年おめでとうございます。

自分を信じて駆け抜けろ!

*1:ただし、元J.J.Expressのメンバーだった浅香航大と有岡はお互いの現場での目撃情報があるので実際は不明

*2:余談だがスパデリのPVメイキングでやぶいのが好きになった

5年後の自分へ

はてなブログ5周年ありがとうキャンペーンお題第2弾「5年後の自分へ」
http://blog.hatena.ne.jp/-/campaign/hatenablog-5th-anniversary

5年後といったら、31ですか。
31歳か…一生を添い遂げる人ができてたらいいですね。

その頃は自担はどうなってるのでしょうか。

どの自担も、笑っていてください。

5年後は10周年を迎える子も、来年15周年、25周年を迎える方もいますね。

どうぞ、笑顔で隣にいる仲間の手を繋いでいてください。

そして、自分へ。

ちゃんとしろよ。

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